2014年5月: 「星野 剛」

 

仕事柄、海外に行く機会も多いですし、プライベートでも長期休みの度に海外旅行をしていますので、多くの人々と出会い、たくさんの笑顔や元気、そして勇気を分けていただいておりますが、「ふっ」とした瞬間にカンボジアのことを思い出すことが多々あります。                                               また、カンボジアに帰ってくると、なぜか「ほっ」とする。私にとってのカンボジアとはそんな場所です。

私がそこまで引き付けられているカンボジアの魅力とは何でしょう?改めて考えてみました。

世界遺産「アンコール遺跡群」が素晴らしいのは言うまでもありません。「一生に一度は行きたい」世界遺産のランキングでは必ず上位に顔を出すほどの人気の観光地で、その期待を裏切らない美しさと迫力をもって、迎えてくれます。

ただ、素晴らしいのは間違いないのですが、私が引き付けられているカンボジアの魅力=アンコール遺跡群」と考えると、残念ながら自分自身「ピン」とくるものがありません。

では、何か?

たぶん私は、カンボジアの人々の人柄や笑顔。そして、街並みや雰囲気など、世界遺産「アンコール遺跡群」以外のカンボジアの「素顔」に引きつけられているのだと思います。

カンボジアを訪問したことが無い方々の多くは、「アンコール遺跡群」以外では、「内戦」・「治安が悪い」・「貧しい」といった、どちらかを言うと「負」のイメージをお持ちの方が多いと思います。

また、実際にカンボジアにお越しになられた方でも、遺跡の周りで子どもたちが、ポストカードなどのお土産を売っている姿や、貧富の格差などを目の当たりにして複雑な思いを抱かれる人もいらっしゃるでしょう。

では、私たちが考える「貧しい暮らし」とは何を基準にしているのでしょうか?

たぶん、自分たちの日本での暮らしを無意識に基準にしてしまっているのではないかと思います。蛇口をひねれば、水はもちろんのこと、お湯までも当たり前に出る暮らし。6歳になっていれば、当たり前のように小学校へ入学する暮らし・・・。

そのような、近代的な生活が普通になっている日本人にとっては、毎日1 ドル以下で生活しているような人々を貧しいと思ってしまうのではないでしょうか。

確かに、私たちの生活を基準で考えた場合、「貧しい」と思ってしまうことは仕方が無いことかもしれません。でも、カンボジアの人々は、私たち日本人が残念ながら忘れてかけてしまっている人として生きていくうえで「大事な心」をたくさん持っており、私も訪問する度に、彼らや彼女たちから、たくさんの事を学ばせていただき、そして、思い出させていただいております。

「アンコール遺跡群」を見ることを目的に、カンボジアを訪れることが悪いことだと言っているわけではありません。ただ、今後、カンボジアを訪れることがあるようであれば、ぜひ、カンボジアの「素顔」を見ることも目的の1つにしていただける人が1人でも多く増えれば良いと思っております。

 

(株)日本エコプランニングサービス

    星野 剛

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