今月のメッセージ」カテゴリーアーカイブ

当団の呼びかけ人より、月変わりで皆様にメッセージをお届けいたします。

2017年12月:「鬼一二三」

 

私は1995年よりシェムリアップで日本語教室を開いております。卒業生には時折、遺跡は

勿論の事、ホテルや土産物店に行った時に日本語を使って張り切って働いているところに

出会いますが、アキラ君にはめったに会う機会がありません。

アキラ地雷博物館に行っても、アキラ君が必ずいるとは限りません。平和のためにいつも

忙しく飛び回っていてくれるからです。

けれども、昨年と本年は日本から支援に見えた方のご縁でアキラ地雷博物館へもアキラ君の

シェムリアップオフィスにも伺う機会がありました。可愛らしい3人の子供達に囲まれた

アキラ君、皆パパにべったりで、優しい子育てパパなのだろうとすぐに分かりました。

美しい奥さんを亡くして以来、仕事と子育ての両立でさぞ大変だった事でしょう。

アキラ地雷博物館の方は、一二三日本語教室を支援して下さっている愛知県の団体の

皆様が、観光客のためにトイレを改築して下さることになり、本当に美しいトイレに生まれ

変わりました。

落成式典では司会と通訳のお手伝いをさせて頂きました。式典の後の祝宴の際、

優しそうな女性を紹介してくれたアキラ君、新しい奥さんを迎える事が出来たとの報告を

受け、自分の事の様に嬉しく思いました。

継続は力なりと言いますが、地道に細く長くとにかく頑張って続けていれば良い事が

あります。

 

 

鬼一二三 (おに ひふみ)
日本とカンボジアの交流の場 いろはにほへと.com

東京都認証 特定非営利活動法人 アンコールワット日本文化交流会 [NPO法人 KH(クメール)] http://www.npokh.org
カンボジア王国 シェムリアップ州  国際日本文化学園 [一二三日本語教室&123図書館&櫻空塾空手道場&アンコール柔道場]http://www.ijci.net/

Tel : +855(012)821977

E-mail  :  onihifumi@hotmail.com

 

2017年10月:「川広肇」

今回のメッセージは、原点に立ち返りまして、私が何故応援団を設立したかに付いてお話ししたいと思います。
(一番最初のメッセージでも、書いてはいますが)

私は2011年8月から、「アキラ地雷博物館」にてボランティアで日本語ガイドをしておりますが、私がカンボジアに来る10年以上前からアキラ氏に対する日本人の支援と言いますか、協力、手伝いは既に大勢の個人、団体を介して行われていました。
しかし、毎年の継続的な支援では無くて、それぞれが個々バラバラの単発的なものだった為、残念ながら日本人の支援が表に表れていませんでした。
支援していないなら兎も角、折角支援をしていながら表に表れていないのは非常に残念な事と感じた私は、日本人の支援を表に表す為に応援団設立を思い立ったのです。

1000人の応援団を組織して、毎年アキラ氏に対して1000万円の支援金を提供出来る様になれば、博物館の入り口に日本の旗を掲げる事が出来ます。(そう言う約束を、博物館の管理責任者であるアメリカ人のビルさんから取り付けています)
現在、博物館入り口には、カナダ国旗(実はカナダ国旗は9月に入って降ろされて、今はトリップアドバイザーの旗に代わっています。博物館を設立したカナダのNGO団体も、今は殆ど関わりを絶っていますので)、アメリカ国旗、オーストラリア国旗の3本の外国の旗が閃いています。
そこに日本の旗を、日の丸を加えたいのです。
そして、日本人がアキラ氏並びに博物館を支援、応援している事を、内外の人に示したいのです。
日本人が、武力を使ってでは無く、平和的な人的国際貢献をしている事を・・・。

日の丸は正直、あまり好きではありません。
若い人はあまり気にならないでしょうが、我々の世代か或いはその上の世代、特に戦争を体験した人々にとっては、日の丸は軍国主義を象徴する旗ですので、正直嫌いな旗です。
しかし、日本を表す為にはこの旗を使うしか無いので、いつかは日の丸を博物館入り口に掲げたい、それが私の願いです。
日本の旗を博物館を訪れるカンボジア人や外国人に見て貰い、アメリカ人やオーストラリア人だけで無く、日本人もしっかりアキラ氏及びカンボジアを支えているんだと言う事を多くの人に知って欲しいのです。

残念ながら現在の所、応援団員1000人の目標には程遠く、50人前後を行ったり来たりしています。
しかし、コア団員が100人となって、そのコア団員が仲間を10人誘って頂ければ、簡単に1000人突破致します。
応援団は、アキラ氏のファンクラブと考えています。
氷川きよしや小林幸子のファンクラブだって、恐らく会員は1000人や2000人居るでしょう。
世界的に有名なアキラ氏なのですから、そのファンクラブの会員が1000人なんて訳無いはずです。
私のやり方が、拙いだけだと思っています。

応援団を増やす術について、皆様方のお知恵を貸して下さい。
SNSが上手く使えたらいいのですが、年寄りなのでその能力は有りません。
何かいい手を思い付かれた方は、どしどし私にアドバイスをお寄せ下さい。
お礼は何も出来ませんが、愛情込めて「サンキュー」と申しますので。ガ・ハ・ハ・ハ。

2017年8月:「岩田亮子」

2013年、地雷博物館の川広氏とのご縁のお陰で、バッタンバンの我が児童養護施設 “Hope Of Children (HOC)” で、アキラ氏の体験談を直接聞ける機会を頂いた。
HOCの子ども達にとって、年齢的には父親位のアキラ氏の話なのだが、初めて聞く話に目を丸くしながらも既にどこか遠い異国での物語、地雷撤去進行中のバッタンバンでさえ、もう身近な話では無くなっていることが子ども達の表情から見て取れた。
歴史は繰り返すと言う。この話を風化させてはいけない。

未だたかだか30数年前の出来事ではないか。
同じ過ちを繰り返さぬためにも、自分は地雷を掘り続けると言うアキラ氏。
アキラ氏の様にその悪夢の様な体験から這い上がり、重過ぎる十字架を背負いながらも、罪を償う行動をし続けている人も他に例を見ない。また彼に代われる人もいない。
アキラ氏がやるから意義があり、彼でなくては語れない言霊がある。
戦争を知らぬ世代にもっと聞いて欲しい。事実を知って欲しい。

その稀少性と価値ある活動に敬意を表すると共に、その活動が平和への礎となるよう、心からの応援をし続けたいと思います。
子ども達の未来がいつも明るく希望に満ちたものであるために!!

    

カンボジア バッタンバン州
Hope Of Children 
岩田亮子

2017年6月:「田辺美穂子」

昨年の7月に、2年ぶりにシェムリアップを訪れ、10日間ほど滞在致しました。
さすがは発展著しいシェムリアップ。
見たことの無い新しい店や建物がたくさん増えていて、なんと、素晴らしいことに2年前には無かったレンタルバイクなるお店などもできていたので、早速かわいらしい原付をレンタル。 
2年ぶりにシェムリアップの町を疾走し、日頃のストレスを解消したりと、大変有意義な10日間を過ごすことができました。
カンボジアの道を原付で風を受けながら走るのは最高です。
メインロードを少し外れるだけで、道は車やバイクだけのものではなくなり、牛が歩き、犬が小走りをし、猫が遊び、鳥が道を横切ります。 道路脇の田では水牛が水に浸かり、牛が草を食み、子供が遊んでいる。 
アキラさんの地雷博物館でボランティアガイドをしていた頃、そんな光景を眺めながら原付でゆっくり地雷博物館に通うのが、私はずっと大好きでした。
 
かわちゃんこと我らの川広さんには、滞在中ずっとお世話になりっぱなしで、シェムリアップの町から遠く離れた遺跡観光に連れて行っていただいたり、夜は毎晩のように美味しい食事と冷たいビールで乾杯。
もちろん、アキラさんにも会わせていただきました。
アキラさんは相変わらずとてもおおらかで、私の顔を見るなりいつものニコニコ笑顔で
「あ、ミホ。またボランティアする?」
おう。  なんという魅力的な誘惑。   
そりゃぁもちろん許されるのならばまた半年でも1年でもアキラさんのもとでボランティアをさせていただきたい。
しかし今回の私には時間が無いのでありました。泣泣泣。
時間が無いから無理なのだと残念がる私にまた追い打ちをかけるように、「今からみんな(地雷撤去のディマイナーのスタッフ達や、アキラさんのお子ちゃま達)、お祭りに行くけど、一緒に行く?」と、またニコニコ。
思わずついて行きそうになる私の腕を川広さんが掴み、「ミホさんはこれから予定があるの!」と、漫画のようにズルズルと引きづられ連れ戻されるのでした。
そう、アキラさんとは、こんな方。 いつだってウェルカム。
私なんてカンボジア語もわからないし、なにかと支度も遅いし、暑さに弱くて日常的にボーっとしてるすこぶる不安な存在なのに、いつもこんな感じで「だからどうした?」的に声をかけてくれるのです。
まぁ、誘ってくれたからと言って、アキラさんも必ず一緒、というわけでもなく、ニコニコと笑顔で手を振るアキラさんを見ながら、「え、アキラさんは行かないの??」と、ボー然とすることも多々あることではあったのですが、そんなところもまたステキ。
 
原付でカンボジアの大地を走り抜け(大袈裟な)、美味しいカンボジア料理とカンボジアビールを堪能し、無限に広がるカンボジアの遺跡群にまた1つ出会い、アキラさんのニコニコ笑顔を拝み、また一段と大きくなったアキラさんの自慢の子供達の成長も見れて、日本でのストレスフルな生活にしぼんでいた私もまた大きく元気を取り戻せたのでした。
カンボジア・マジック、変わらず健在でした♪  ありがとう!! 

2017年4月:「田中千草」

私が日々関わっている子どもたちや保護者の中には,地雷や不発弾の被害に遭い,体の一部を失っていたり,体が思うように

動かなかったりする人が何人もいます。

その一方で,現在,シェムリアップ市内では,戦争・紛争時のことも,地雷のことも全く知らない現地の人が増えています。

若い世代の保護者や教員,子どもたちは,自分の国が抱えている重大な問題を知らずに暮らしているのが実態と言えます。

2007年にシェムリアップで暮らし始めてから,私は何度もアキラさんの地雷博物館を訪れました。私が訪れるときは大抵現地

の人と一緒だったので,アキラさんやアキラさんの義理のお兄さんのお話を直接聞く機会を頂いていました。その貴重なお話

を,外国人よりも,まず現地の子どもたちに伝えてほしいと願い,川広さんのお力添えによって,今は,毎年子どもたちが地

雷博物館を訪れ,学ぶ機会を提供して頂いています。戦争時代を生き抜いてきた,年配の保護者たちや先生方の体験談を子ど

もたちに聞かせるという取り組みも並行して行っていますが,アキラさんが行っていることの意義を,これからの世代に繋げ

ていけたらと願います。また,日本であっても,カンボジアであっても,自分の国の歴史や事実を知ることが,自分たちの未

来を作っていくことだということ,これからもみんなと一緒に考えていきたいと思います。

私には,アキラさんの活動の物理的な意味での応援は難しいのですが,子どもたちが事実を知り,自分たちで考えて

国民が自立してくことを応援するものとして,今後もアキラさんや川広さんたちと活動を深めていきたいと思っています。

2016年11月:「桑原さおり」

こんにちは。

呼びかけ人の、桑原さおりです。

11月になりましたね!

雨季も終わり、乾季になります。

日本の秋から冬に変わるように、いつも暑いカンボジアも涼しくなり過ごしやすい時期になります。

先日10月31日は、ここでもハロウィーンが盛り上がりました!

私が住んでいる、アンコールワットのある町シェムリアップは、外国人がたくさん訪れます。

外国人たちが集まるエリアを中心に、たくさんのカンボジア人たちも集まり、仮装を楽しみます。

カンボジア人たちの仮装は、恐ろしいお化け(ゾンビ)が多く、パーティで派手なメイクをするカンボジア人たちのゾンビメイクはとてもクオリティが高く、見ていて素晴らしく思います。

さて、先日youtubeで、「combodia1965」というカンボジア内戦前の映像を見ました。

日本でいうと、1964年に東京オリンピックが開催されたその翌年になります。

農業もさることながら、工業化もされていました。

製紙工場、繊維工場、自転車工場などがあります。

町の景色も、整然としていてとても美しい。

カンボジアから想像するものと違うかもしれません。

カンボジア人の日本語ガイドに、内戦前のことを聞きました。

「内戦前のカンボジアには、何でもありました。それを考えると涙が出てきます。」と言っていました。

内戦時代、どれほどの破壊をしたのでしょう。

活字や写真で調べるのもいいですが、映像でも見るのもおすすめいたします。

主要の町の様子       シェムリアップはANGKOR と表示されています。                                    空港も今と違います。アンコールワット前の道もきれいです。

工業の様子

2016年9月:「鬼一二三」

今年の元日、新しい地雷博物館に初めて行きました。

教え子達とアンコールワットで初日の出を拝み、初詣をした後、シェムリアップで一番美味しいカンボジア風素麺(ノム バンチョック)を食べにプレアダっと言う村に行こうと言う話になり、朝食後、その村の先にある地雷博物館にも勉強に行こうと言う事になったのです。

私は、アンコールワットの手前に有った旧地雷博物館には何度も行った事があるのですが、バンテアイスレイ遺跡へ向かう途中の現在の博物館になってからは一度も行く機会が無かったのです。

教え子達と行けて、お互いに良い勉強になりました。

随分混んでいて、盛況でしたので、移転して良かったわ、と思いました。

教え子達は、内戦を知らない世代です。

ただひたすら「可哀想です」と言って展示物を見ておりました。

初詣のお蔭で今年はご縁があったのでしょうか。

月にはある方に「是非アキラ君との再会と会談を撮影させて欲しい」とのご依頼を頂き、本当に久々に彼に会う事が出来ました。

すっかり大人になったアキラ君、3人の子供達に囲まれ、とても幸せそうに見えました。

私がボランティアで日本語を教えている「国際日本文化学園」では、日本語だけではなく日本文化も紹介しており、空手道と柔道の教室も開講しております。

子供達は日本の武道に興味があるそうなので、近いうちにアキラ君の子供達が日本語と武道を習いに来るかもしれません。

親子の学習の手助けが出来るなんて私はなんて幸せなのでしょうか。

地道に頑張っていれば、きっと幸せをつかむ事が出来る事を信じ、これからも奉仕活動を続けて行きたいと思います。

アキラ君にも益々幸せになって欲しいと願っております。

 

日本とカンボジアの交流の場 いろはにほへと.com
東京都認証 特定非営利活動法人 アンコールワット日本文化交流会 [NPO法人 KH(クメール)] http://www.npokh.org
カンボジア王国 シェムリアップ州  国際日本文化学園 [一二三日本語教室&123図書館&櫻空塾空手道場] http://www.ijci.net
代表 鬼 一二三
Tel : +855(012)821977

2016年6月:「川広肇」

呼び掛け人の赤澤さんが現在病気療養中の為、本来4月が赤澤さん、6月が田辺さんだったのですが、順番を変えて4月に田辺さん、今回私が担当させて頂きます。

 

さて今回のメッセージでは、2年ぶりに博物館のガイドに復帰しましたのでその辺りの事を書くつもりでいたのですが、先頃とんでもない話を耳にしましたので、急遽内容を変更してそのとんでもない話について書かせて頂きます。

そのとんでもない話とは、私のことを「反日」と呼んだ人が居た事です。

 

5月のある日、用事で、あるゲストハウスのレストランを訪問した際、たまたまその日に博物館に来て下さったお客様がいらっしゃたので挨拶したのですが、そこに同席していた初対面の男性から、「1年位前に博物館には、反日の70代の男が居たらしいなあ」と言われたのです。

最初は何の事だかさっぱり分かりませんでしたが、よくよく聞いているとどうも私の事を言っているようです。

1年前でも無いし、70代でも無いのですが。

それが分かったのは、こんな事からでした。

 

2014年の2月に私が帰国した後、田辺美穂子さんが5ヶ月間ガイドをしてくれたのですが、その後A君という若者が7月、8月と2ヶ月間ガイドを引き受けてくれました。

しかし、そのA君が来館者に対して「地雷は優しい兵器」との説明をしている事が他のお客様からの連絡で分かり、それはアキラ氏や我々の考えである「地雷は悪魔の兵器」とは真逆の考えだとの理由で本人に確認し、認めたので辞めて貰ったのです。

A君は自衛隊OBであり、思想的には確かに私とは随分違っていましたが、「戦争反対」という点だけは一致したので、それで彼にガイドを引き受けて貰いました。

戦争の悲惨さをお客様に訴えて貰いたいと。

しかし、その願い虚しく、「地雷は優しい兵器」とのとんでもない言葉を残して、彼は去って行ったという訳です。

そして、先程の初対面の男性は、この人も自衛隊OBと言う事でA君と馬が合ったのでしょうが、A君から色々話を聞く中で、「A君を辞めさせた70代の男は、A君の右翼的思想が気に入らなくて辞めさせたんだ、その男は反日だ。」となった様です。

ハナ肇調に言うと、「何でそうなるの?ゲバゲバ」との思いですが、そんな事言ったって、今の若い人は誰も分からないわなあ。

まあ、それは兎も角、この男性に「反日とはどう意味でおっしゃっているのですか?」と聞いた所、彼が言うには「日本を貶める、日本を非難する事を言う人間のことだ」と言われました。

私は確かに今の政権、今の政治状況は嫌いですので、それに対して非難はしますが、日本そのものを非難したことは一度も有りません。

寧ろ、自分が生まれた国である日本が大好きで、だからこそこうして海外で活動して、日本の評判を少しでも高めたいと願っているのです。

日本が好きだからこそ、今の悪い政治状況を一刻も早く良い方向に変えたいと願っているのです。

日本人で「反日」の人なんて、恐らく一人も居ないと思います。

「反日」を叫ぶ人達は、政権を擁護する人達です。そして、それに敵対する人、政権打倒を訴える人に対してこの言葉を投げ掛けます。

戦前、戦争反対を訴える人に対して使った「非国民」とか「売国奴」と言った言葉と同じです。

政権非難に対する言論封殺として、この様な言葉を使いたがります。

 

私は、この「反日」という言葉が大嫌いですが、これと同じ脈絡で使われるものがもう一つ有ります。それは「自虐史観」という言葉です。

 

「自虐史観」も「反日」を叫ぶ人達がよく使う言葉です。

戦争中に日本軍がとった行為を真摯に反省し、二度と同じ過ちを繰り返さないと願う事が、日本を貶める事になるのでしょうか。

「侵略戦争」「南京事件」「慰安婦問題」等々。

日本は戦争において、被害国であると同時に加害国でもあるのです。

残酷極まりない戦争の中で、日本軍だけが高潔な紳士だったなんて有り得ません。

残虐な行為も当然行っているのです。それが戦争であり、自分が生きる為には相手を殺さなければならないし、食う為には略奪も止むを得なかったのです。

その事実を暴き出す事は、兵士を冒涜する事にはなりません。極限状態で、生きる為に仕方無しにやった事なのですから。

だからこそ、その様な悲惨な戦争、人間が人間で無くなる戦争は二度と起こしてはならないのです。

そうした事実を無かった事にしようとする連中が、この「自虐史観」という言葉を使いたがります。

「自虐史観」という言葉を使って、日本軍の行った戦争犯罪と真面目に向き合い、自分はその様な戦争犯罪にこの先絶対に加担したくないと願う人々の言論封殺を図ります。

こんな事をしていたら、日本人というのは、過去を反省しない民族なのかと世界に思われてしまいます。

こういう言葉を使って言論封殺する人こそ、日本を貶めていると気付かないのでしょうか。

 

ドイツの元大統領・ヴァイツゼッカーの有名な言葉があります。

「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」

 

「反日」「自虐史観」といった言葉を使って、それを非難する人達の言論封殺を図ろうとする連中には、是非この言葉を噛み締めて貰いたいと思います。

 

2016年4月:「田辺美穂子」

先日、突然友人から「アキラさん、今テレビに出てるよ。」とのメールが届きました。

そう。2月のメッセージで田子真由美さんが書いていらっしゃる「世界まる見え!テレビ特捜部~神業スペシャル」のことです。

残念ながら私はその時まだ帰宅しておらず、リアルタイムで番組を見ることはできなかったのですが、その後You Tubeで検索して無事アキラさんの姿を見ることができました。

田子さんも書かれているとおり、事実とは少し異なる部分…、例えば、地雷撤去方法。             現在のカンボジアでは素手での地雷撤去は法律で禁止されているため、アキラさんも今は昔のような素手ではなく、法律通りに器具を使用して作業しているのにも関わらず、今でも素手で地雷撤去をしているように紹介されたり、などということもありましたが、まぁそれは番組の趣旨が神の手を持つ人物特集、『「神業」スペシャル』 とのことなので、そこはいた仕方ないとして、でも撤去方法はどうあれアキラさんの昔から変わらない一貫した強い思いは確実に視聴者の方々には伝わったらしく、テレビ放映後、この「アキラ地雷博物館 日本人応援団」にもたくさんの方から問い合わせをいただいたと聞いております。

改めて、テレビの力とは大きいですね。本当にありがたいことです。

 

インタビューの画像でアキラさんが木に登り、枝に座った状態でいろいろな話をしているシーンがありましたが、以前、「ジャングルが大好き。森の中に入るとホッとする。」と、言っていたアキラさんらしいアングルだなぁ、となんだか微笑ましく見てしまいました。

普通はインタビューって椅子に座るか、地面に立ってするものですよね?

木の上…って…木に触れてると落ち着くのかなぁ。

私も大きな木が大好きだから、すごーくわかるぅ。なんて嬉しく思ったりして。

 

昨年6月の「今月のメッセージ」でも書かせていただきましたが、私は以前は中国の沙漠に木を植える砂漠緑化活動、 最近では森林破壊が続くボルネオで森林再生活動や、動物保全活動のお手伝いをしています。

http://lazymihoko.blog.fc2.com/

 

地雷という悪魔の兵器から人々を守り救うために命を懸けて地雷撤去活動を続けているアキラさん。

「人」と「植物」と「動物」がみんな共存して生きることが、地球を守ることにつながる。地球はどれか一つの為のモノではないし、どれかひとつでも欠けてはいけないということ。

幼いころから森の中で生活してきたアキラさんはきっとそのことを意識的にではなく、感覚的に知っているような気がしてならないのです。

「人」を助け守り、「動物」を愛し、「森」の中で癒され寛いだ表情を見せるアキラさんは、「地球」に生きる人間として、やっぱりずっと私の憧れの的なのでした。

ああ、そういえばアキラさん、本のインタビューで「あなたの職業は?」との質問に、「人。」って答えていましたっけね。

人間としてあるべき姿を、いつも教えてくれるステキ・アキラさん。これからもずっと応援しています!!

2016年2月:「田子真弓」

こんにちは!日本では寒い日が続いていますね。
カンボジアはちょうど乾季まっただ中、観光シーズン!
地雷博物館にもたくさんの方が足を運んでくれているといいな!

先日、1月18日の「世界まる見え!テレビ特捜部~神ワザスペシャル~」、
みなさんご覧になられましたか?
「勇気と集中力!素手で地雷除去を行う危険な男」としてAkiRaさんが
取り上げられていましたね。
(見逃した!という方は、You Tubeでご覧ください。
世界まる見え!テレビ特捜部、1月18日、の検索で見られます。)

その特集では、AkiRaさんが少年兵になった頃のことから、その歴史背景、
地雷撤去の様子、チェットのことも紹介されていました。
私が初めて地雷博物館を訪れた時、お土産売り場の横で、島田紳助さんの番組で
AkiRaさんが紹介されたVTRを流していたことを思い出しました。
今見ると、あの時の紳助さんの特集も、今回の丸見えも、番組として
真実ばかりでなく脚色も入っているのがわかりますが、
当時の地雷やカンボジアの歴史についてよく知らなかった私にとっては
衝撃で、いろんなものを見る目が変わったように思います。
AkiRaさん、地雷などのテーマに興味を持つきっかけになったといっても
過言ではないと思います。

番組を見て、以前の私と同じように地雷やカンボジアについてあまり知らない
方たちが、関心を持ってくださったり、カンボジアや地雷博物館に足を運んでくださると
いいなぁと思いました。

AkiRaさんの特集の最後に、カンボジアの紹介員?みたいな人が、
「実は日本にも地雷撤去やAkiRaさんの活動を支援している団体がいるんですよ~!」
と言っていて、ドキッ!もしかして講演の様子や、日本人応援団のこと、他の支援団体の
方たちが紹介されるのかな?と思いましたが…。
むむむ~なぜか、それだけの一言で終わってしまいました。
そういうところで、日本人応援団のことや、支援する方法、活動の様子が紹介されるように
なるといいですね!私達ももうひと頑張り!というところでしょうかネ。

明日からもがんばりましょう!!!!
(私は現在3人目妊娠中。春の出産、がんばりまっす!)