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2018年11月:「川広 肇」

 

5年前から準備を進めて来た「日本全国アキラ氏平和学習講演会」が、数々の困難に直面しながらも、9月1ヶ月間を費やして何とか無事に終了致しました。

今回のメッセージでは、その事について書こうと思います。

 

この講演会、計画したのは5年前、2013年10月の日本での全国5箇所(京都、大阪、岡山、東京、福岡)に於ける講演会を終えた直後でした。

5年後にはアキラ氏の家族も一緒に連れて行って、北海道から沖縄まで日本全国で、川広肇一世一代、最初で最後、空前絶後の大大大講演会をやろうと(ハハハ、そない大げさな)。

特に、広島、長崎、沖縄は、平和を訴える上で欠かせない場所だから絶対に入れようと考えました。

家族を連れて行こうと思ったのは、一番にはアキラ氏が講演会に行った先々でPTSD(心的外傷後ストレス障害。アキラ氏は少年兵時代の悲惨な戦争体験に未だに苦しんでいます)の症状が表れ、苦しみを和らげる為に毎日カンボジアの家族に電話する姿を見て、家族が傍に居れば安心して講演会に専念出来るだろうと思った事ですが、加えて、まだ海外に行った事が無い家族を一番初めに日本に連れて行く事で、日本に対する特別の愛着を持って貰えるだろう、そしてその事が講演を引き受けてくれたアキラ氏に対する大きな恩返しになると思ったからでした。

この事に付いては多少批判も有った様ですから、また後で書きます。

 

講演の準備として、まず引き受け手探しをしなければなりません。

5年前の講演会は5つの団体、個人に引き受けて頂いて、交通費、宿泊費、講演会費用、謝礼金のぼぼ全てを負担して頂いたのですが、今回は参加者も大人数であり、日数も長いので、全てを負担して頂くとなると大変な金額になってしまう為、宿泊費と食事代の合計額300万円はクラウドファンディング(募金)で集めようと決めました。
そして、講演会引き受け手の負担額を約25万円と見積もり、引き受け手探しを始めました。
2017年7月末を期限として、あちこちに当たりを付けました。
2016年4月頃からメールでのやり取りにより少しずつ候補に当たって行きましたが、岡山、広島、長崎に付いては、私が日本に帰国していた2014年から2016年の間に直接出向いて探しに掛かりました。

有力な候補と思っていた所が次々とダメになり、その都度別の候補と折衝を重ね、また反対に思いも掛けない素晴らしい出会いが有ったりと紆余曲折を辿りながらも当初の計画通り2017年7月に15会場(恵庭市、札幌市、東京、浜松市2、甲府市、一宮市3、岐阜市1、広島市、長崎市、那覇市、岡山市2)の引き受け手が決まりました。
(その後、札幌市と広島市の引き受け手が変更になりました。また、講演会直前の2018年7月末に、京都外大から参加希望の要請を受け、最終的に16会場となりました)

2017年8月には日程調整に入り、講演実施1年前の2017年9月から会場選定作業に取り掛かって頂きました(まあ、実際に全ての会場が決まるのは、講演会実施直前の2018年7月になるのですが)。その後も、引き受け手団体、個人には、協賛団体、後援団体の募集やらチラシ作り、広報活動などに取り組んで頂きました。

私の方では、各引き受け団体、個人とメールでのやり取りで各種調整をし、2018年7月に日本に渡る上で最大の難仕事であるアキラ氏他6名のビザ申請手続きをしました。
ビザも無事下り、後は9月2日の出発を待つだけとなった8月27日、驚天動地の大事件が勃発しました。

 

「アキラ地雷博物館」の奥にある倉庫で爆発事故が起き、アキラ氏が逮捕されて日本に行けなくなったのです。
爆発した倉庫の中に、無届けの地雷や爆弾、銃器類があって、その地雷が爆発したと言う理由で。それらは、アキラ氏が5年前亡くなった元スタッフから譲り受け、地雷の信管を抜いて安全処理し、何れは博物館で展示しようと思いながらうっかり届け出を忘れ、倉庫に仕舞い込んだままになっていたものでした。
3ヶ月前に倉庫の鍵が見つかり、5年ぶりに中を開けて掃除をし、防虫スプレーを撒いてそのスプレー缶をそのまま置いていたのが暑さで破裂して、その火が銃弾に引火し爆発となった様です。
警察発表では地雷が爆発したと言う事になっていましたが、本当に地雷が爆発したならもっと大きな被害が出ていたでしょうが、実際は小さな倉庫1つが焼けただけであり、勿論人的被害も有りませんでした。
警察は、アキラ氏が反政府活動をする目的でそれらの地雷等を隠し持っていたと見て、アキラ氏他2名を逮捕するに及んだのです。
アキラ氏を、何としても政府に刃向かう重罪人に仕立て上げたかったのでしょう。
9月28日に現場検証と関係者への尋問が行われ、その日の内に、アキラ氏と責任者2人(ヨンさん、ソクンティア)の計3人が警察署の留置場に収容され、30日には裁判が行われて有罪が確定し刑務所に収監されてしまいました。

私も頭が真っ白になりました、一体この先どうなるんだろうと。

毎日、他の博物館関係者と共に対応に追われ、講演会の準備など全く手に付かない日々となりました。
しかし、今更講演会を取り止めにする訳には行きません。
5年間に渡って準備をして来た自分の苦労が水の泡になると言うだけで無く、関わってくれた大勢の方々に大変な迷惑を掛けてしまう、それだけは何としても避けなければならないと思ったからです。

講演会の目的は、アキラ氏自らが少年兵として体験したカンボジア内戦の惨状を知って頂く事は勿論ですが、それに留まらず、そこから日本での73年前の戦争に思いを馳せ、戦争の悲惨さ、平和の尊さについて改めて考える機会としたい、反戦の思いを強く持って頂く場としたい、そうした思いの講演会です。
アキラ氏から直接話しは聞けなくとも、私がカンボジアの内戦の話をし、一緒に行くポーイ(子供の時地雷被害に遭い片目と片腕を失い、アキラ氏に育てられ、現在アキラ氏の下で地雷撤去活動を行っている青年)が自分の体験談を話す事で、講演会の目的は100%では無いにしてもかなりの割合で達成出来ると考えました。

そこで、講演会引き受け手の団体、個人に連絡をし、事情を説明しました。
その中で、4人の方から講演会開催に付いて見直したいとの返事を頂きましたが、他の方はアキラ氏抜きでも予定通り実施して欲しいとの事でした。

後はアキラ氏の家族が一緒に行くかどうかです。
当然、アキラ氏の奥さんと子供たち3人は、アキラ氏逮捕を受けて憔悴しきっていました。
ですから、初めはもう日本に行きたくないと言っていました。
私も、無理強いしてはダメだと思い、本人達の意志に任せることにしましたが、最後に刑務所のアキラ氏が面会に来た奥さんに対して日本に行く様に勧めてくれたお陰で、アキラ氏を除く家族4人が一緒に日本に行ってくれる事が決まりました。出発日直前の8月31日の事です。
その連絡を受けた時本当に嬉しかったですが、同時に、1ヶ月間もアキラ氏と会えない状態が続いて、家族は精神的に保つかとの不安がよぎったのも事実です。
(しかし、それは杞憂に終わりました。家族は終始明るく元気で、行く先々で人気者となってくれました。我々大人に気を遣ってくれ、子供達は悲しい表情など一度も見せませんでした。)

いよいよ9月2日のシェムリアップ国際空港18時5分発ベトナム航空便で関空に向けて出発となります。
この時点で講演会開催中止を決めていたのが、恵庭市、東京、一宮市、沖縄の2箇所の計5会場でしたが、あと2会場が現在検討中、12会場が開催決定でした。
(最終的には検討中だった2会場も開催を決定し、結局5会場が中止、14会場が開催となりました。)

台風21号の接近が気になりましたが、何とか無事に9月3日の早朝、関空に降り立ちました。(関空は翌日の4日から台風被害により20日まで閉鎖となります。ラッキー・・・と、この時は思いました)この後、講演会で最初から最後まで活動を共にし、終始支えて頂いた愛知県一宮市のNPO法人「ふれあいサロンさん・さんガーデン」の速水さんが迎えに来てくれていて、少し遅れて井浪理事長と他のスタッフ2名が合流し、午後の便で一緒に北海道に渡りました。

4日開催予定だった恵庭市は中止になっていたので、5日の札幌市が初っ端の講演会となりました。小さなトラブルは有りましたが何とか無難に終え、ホテルに戻り、明日は東京に向けて出発と思いながら床に着き、深い眠りに陥っていた深夜3時過ぎ、突然の大揺れに相部屋のポーイとオル君、私の3人が一斉に目を覚ましました。
地震です、それもかなり大きな・・・(後に北海道胆振東部地震と名付けられた震度7の大地震で、札幌市は震度5強でした)。
他の部屋に居たアキラ氏の家族、「さんさんガーデン」の皆さん9名も慌てて廊下に飛び出し対応を協議、取り敢えず朝まで部屋に留まり、朝になったら10階の部屋から1階ロビーに降りようと言う事になりました。
カンボジアでは地震は皆無ですから、アキラ氏の家族、ポーイ、オル君にとっては忘れ難い恐怖体験となってしまいました。

そしてその後2日間、北海道に足止め食いましたが、8日の朝フェリーで岩手県宮古市に入港、そしてレンタカーを借りて愛知県一宮市の「さんさんガーデン」さんの運営する障害者・老人施設へ移動し、夜の10時過ぎに到着後やっとまともな食事にありつき、そこで宿泊。
(最初、8日に開催予定だった東京での講演会は、アキラ氏逮捕を受けて中止と決まっていたので、これは却ってラッキーでした。もし、開催予定だったら、当日中止となり、大変な混乱を生じたでしょうから。)

こうした尋常ならざる船出となりましたが、その後の講演会は比較的順調に推移しました。10日に「浜松日体中・高校」、11日に「浜松・万年橋パークビル」、12日に「山梨県立文学館研修室」、13日に「一宮市立北方中学校」、14日に「岐阜市立柳津小学校と「一宮市立貴船小学校」、17日に「京都外国語大学」、18日に「広島市文化交流会館会議室」、21日に「長崎市ブリックホール国際会議場」、27日に「岡山市立石井中学校」と「おかやま西川原プラザ大会議室」、28日に「岡山市立操南中学校」と「環境学習センター・アスエコ」でのNPO「ICOI」による懇話会と、13会場での講演会・懇話会を無事に終える事が出来ました。
講演会を引き受けて下さった皆さん(「さんさんガーデン」さんや、実行委員を買って出て下さった方々)が集客に奔走して下さったお蔭で、アキラ氏不在となったにも関わらず思っていた以上のお客様が来場して下さり、私の願いである「反戦平和の誓い」を共有する事が出来ました。
協力して下さった方々には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

アキラ氏の家族も積極的にお客様と触れ合ってくれ、特に小学校、中学校では生徒達との間で国際交流の輪を広げ、絆を深めてくれました。
普段おちゃらけのポーイも、講演会では自分の地雷被害体験と現在の地雷撤去活動の話を真剣に語り、新聞にも取り上げられて一躍アキラ氏に替わるカンボジアのニューヒーローとなってくれました。
オル君も、アキラ氏の草稿原稿を日本語で読み上げて、アキラ氏に代わって悲惨なカンボジア内戦の歴史とアキラ氏の活動内容を伝えてくれました。
彼等が十分、アキラ氏の代役を務めてくれました。
私も、ささやかでは有りますが、悲惨なカンボジアの内戦の話、日本で起きた戦争の話をさせて頂きました。

彼等には、より日本を好きになって貰う為、合間合間には観光にも連れて行きました。
北海道では「旭山動物園」、浜松では「浜松城」「スズキ歴史館」、一宮では「138タワーパーク」、京都では「金閣寺」、広島では「広島平和記念資料館」「平和公園」「原爆ドーム」、長崎では「長崎原爆資料館」「平和祈念像」「ハウステンボス」、沖縄では「ひめゆり平和祈念資料館」「首里城公園」「美ら海水族館」、そして海釣りと海水浴、などなど。
また、日本での滞在期間中、誰一人怪我もせず病気にもならずに過ごす事が出来ました。

こうして、初っ端に出鼻を挫かれながらも、後は順調に進み、閉鎖になっていた関空も20日には業務再開となって皆で一安心し、後は30日に無事に帰るのを待つだけとなっていた矢先の29日、大型台風24号の接近で30日の飛行機が飛べなくなると言う最後の最後での大アクシデントに見舞われます。
結局、予定より一日遅れの11月1日に帰国となるのですが、空港には20日に仮釈放されたアキラ氏が迎えに来てくれていました。

アキラ氏は、結局3週間超刑務所に収監された事になります。
ただ、刑務所に居た間も、家族とは警察官の電話を借りて頻繁に話していましたし、20日以降は自分のスマホで毎日ライン通話していましたので、家族もアキラ氏本人も互いの状況を把握していて、比較的平穏な日々を過ごした様です。

アキラ氏の逮捕、大地震、巨大台風と、人生でそうそう経験する事が無いであろう大惨事を1ヶ月の間に3つも経験しましたが、何はともあれ、我が人生最大のイベントを成功裡の内に終える事が出来て感無量です。
開催に向けて御協力頂いた方々、クラウドファンディングに御協力頂いた方々、会場に足を運んで下さった方々、また、会場には来れなかったけど応援して下さった方々全ての方々に心よりお礼申し上げます。本当に、有難うございました。

 

 

最後になりましたが、今回の講演会にアキラ氏の家族を同行させた事に対して、一部の方から批判の声が挙がっていたと信頼出来る方からお聞きしましたので、一応釈明させて頂きます。
その声とは、「アキラ氏が逮捕されて行けなくなったのに、何で高い金を遣って家族を連れて行って、しかも観光までさせるのか、その金は講演会を引き受けた人や募金をした人の金だろ」といったものです。
私の耳には直接届いてはいないのですが、講演会が終わってカンボジアに戻ってから、ある私の信頼する人にお会いした時、そう言う声が少なからず有ったとお聞きし、大変驚きました。
もし、その声が、講演会を引き受けてくれた方やクラウドファンディングで募金協力して下さった方の声でしたら、私の説明不足と反省しています。
ただ、そうした声は私には直接入って来ていませんので、恐らくは上記協力者以外の方の声とは思いますが。
家族を連れて行きましたのは既に書きました通りの理由ですが、この事を十分説明していなかったと反省しています。
家族を連れて行くのは、私が今回の講演会を構想した5年前からの計画であり、しかも重要な要素でした。
仮に家族が行かずに私とポーイ、オル君の3人だけで行っていたなら、テンションも上がらず講演会も形だけのものとなってしまい、達成感も味わえなかった事でしょう。
ですから、私としては家族が一緒に行ってくれた事が、今回の講演会が成功裡に終わった大きな要因だったと思っています。
この事を最後にお伝えして、今回の「呼び掛け人メッセージ」とさせて頂きます。

長ったらしい文章を、最後までお読み頂き有難うございました。

「アキラ地雷博物館・日本人応援団」
代表  川広 肇

2018年8月1日:「岩田亮子」

 

5年振りに行われたカンボジアの国政選挙は、昨年暮れ、政府与党CPP(カンボジア人民党)が最大

野党CNRP(カンボジア救国党)を解党すると言う前代未聞の報復に始まりました。

かくして7月29日、事実上不戦勝で行われたこの選挙を「与党の圧勝」と書き立てるメディア。

どこが公正な選挙でしょうか。

投票率80%超えは、当局による制裁を恐れただけとも囁かれ、選挙結果の正当性を示す数字とは

到底思えません。

一方無効票が前回の5倍以上に膨れ上がったという事実。

この物言わぬ抵抗が示す数字の意味を重く受け止めたいと思います。

過去の政治の過ちを時代に翻弄された一市民(アキラー氏)が償い続ける一方で、相変わらず同じ

過ち、暴挙を繰り返す政権与党。

私が自立支援を行っている「Hope Of Children」の名前は、子ども達に希望を持って生きて欲しい

と言う願いを込めて名付けられました。

愛する子ども達の未来に翳りや暗雲が立ち込めることのないよう、祈るばかりです。

全てが徒労に終わらぬために。

 

バッタンバン
Hope Of Children
自立支援ボランティア
岩田亮子

9月の講演会の日程発表

 

9月に開催の、「アキラ氏平和学習講演会」の日程を発表致します。

開催地は北海道恵庭市、札幌市、東京都、静岡県浜松市2箇所、山梨県甲府市、愛知県一宮市3箇所2箇所、岐阜県岐阜市、京都府京都市、広島県広島市、長崎県長崎市、沖縄県那覇市、沖縄県座間味島、岡山県岡山市3箇所+1箇所(懇談会)の計19会場です。

19会場の内5会場が中止となり、14会場で実施致します。

 

詳細は、次の通りです。

皆様、是非、お仲間とお誘い合わせの上、最寄の講演会場に足をお運び下さい。
参加ご希望の方は、お問い合わせ欄記載の担当者に御連絡下さい。

 

9/4(火)恵庭市「えにあす」   恵庭市緑町2丁目1番1号

時間19:00開演(18:00開場)~21:00

集客人員 100名

入場無料

 


9/5(水)札幌市教育文化会館小ホール
   札幌市中央区北1条西13丁目

時間18:00開演(17:40開場)~20:30

集客人員 300名

チケット金額 前売り1000円 当日1200円

(問い合わせ先)

山崎千尋さん(札幌国際大学事務職員)

akirakouen0905@gmail.com

携帯番号 050-3692-2291

 

 

9/8(土)東京・清泉女子大学   東京都品川区東五反田3丁目16-21

時間14:00開演~16:00

集客人員 300名

チケット金額 2000円

(問い合わせ先)

チームTorimitsu  代表・鳥光宏氏(駿台予備校古文科講師)

heikuu0726@yahoo.co.jp

携帯番号 090-2321-6691

 

 


9/10(月)静岡・浜松 浜松日体中・高等学校

8:25~生徒を対象にした講演会

(問い合わせ先)

鳥居公実子さん(日本体育大学浜松日体中・高等学校養護教諭)

kealoha1229@yahoo.co.jp

携帯番号 090-8555-9354

 


9/11(火)浜松・万年橋パークビル8階多目的スペースhachikai
静岡県浜松市中区田町327-24

時間18:30開演(18:00開場)~20:30

集客人員 80名

チケット金額 1000円

(問い合わせ先)

鳥居公実子さん(日本体育大学浜松日体中・高等学校養護教諭)

kealoha1229@yahoo.co.jp

携帯番号 090-8555-9354

 


9/12(水)山梨県立文学館研修室   甲府市貢川1-5-35

時間18:30 開演(18:00開場)~20:00

山本税理士事務所内研究会“福祉と税金研究会”特別例会として、

顧問先の方々に参加して頂く為、 参加費無料

全額事務所経費で負担

講演会終了後、韓国家庭料理「おかめ」で懇親会

(問い合わせ先)

山本大志氏(税理士事務所所長)

daijikun133@gmail.com

携帯番号 090-8018-5378

 

 

9/13(木)13:00~14:30 一宮市立北方中学校

9/14(金)10:00~12:00 岐阜市立柳津小学校

9/14(金) 13:30~15:00 一宮市立貴船小学校

 

 

9/⑯(日)一宮市民会館 大ホール   一宮市朝日2丁目5-1

時間10:00~12:00

集客人員 800名

入場無料

(問い合わせ先)

NPO法人「ふれあいサロン・さんさんガーデン」理事長・井浪典子さん

sansangarden@gmail.com

事務局・速水氏 0586-84-3305

 

 

9/17(月)京都外国語大学 4号館432教室

時間14:00~16:00

集客人員 50名

入場無料

原則として、学内関係者のみの参加

 

 

9/18(火)広島市文化交流会館会議室   広島市中区加古町3-3

時間18:30開演~20:30

集客人員 120名

入場無料

(問い合わせ先)

NPO法人「ふれあいサロン・さんさんガーデン」理事長・井浪典子さん

sansangarden@gmail.com

事務局・速水氏 0586-84-3305

 

 


9/21(金)長崎・長崎市ブリックホール国際会議場   長崎市茂里町2-38

時間18:00開演~21:00

収容人員 450名

入場無料

(問い合わせ先)

NPO法人「ふれあいサロン・さんさんガーデン」理事長・井浪典子さん

sansangarden@gmail.com

事務局・速水氏 0586-84-3305

 

 

9/23(日)沖縄・沖縄大学   那覇市国場555番地

時間14:00開演~16:00

集客人員 200名

チケット金額 2000円

(問い合わせ先)

チームTorimitsu  代表・鳥光宏氏(駿台予備校古文科講師)

heikuu0726@yahoo.co.jp

携帯番号 090-2321-6691

 

 

9/25(火)座間味小中学校  沖縄・座間味島

時間10:00~12:00

集客人員 50名

チケット金額 2000円

 

 

9/27(木)岡山市立石井中学校

12:00~16:00 生徒を対象にした講演

(問い合わせ先)

柏木信恵先生

nobue52@gmail.com

携帯番号 080-6311-3089

 

9/27(木)おかやま西川原プラザ大会議室B(本館2階)   岡山市中区西川原255

時間18:30~20:30

収容人員 216名

チケット料金 一般1000円、高校生以下500円(未就学児無料)

全員無料

(問い合わせ先)

アキラ氏講演岡山実行委員会

実行委員長 菅木智子さん(NPO法人「岡山人権研究センター」事務長」)

jinken-21@bbplus.jp

携帯番号 090-9739-6423

実行委員  居郷毅氏(高校教諭)

igoigo@mx91.tiki.ne.jp

携帯番号 090-9411-6999

 


9/28(金)岡山市立操南中学校

12:00~17:30 生徒を対象にした講演

(問い合わせ先)

中川尚子先生

sho129908@yahoo.co.jp

携帯番号 090-2297-5741

 

 

一連の講演会とは別枠で

 環境学習センター「アスエコ」 岡山市北区下石井2-2-10

にて、18:30~20:00 ESD人権講演会

入場無料

(問い合わせ先)

中川尚子さん(NPO法人ICOI)

sho129908@yahoo.co.jp

携帯番号 090-2297-5741

 

以上です。

 

 

2018年6月:「田辺美穂子」

 

ただいまラオスの旅真っ最中です。
日本でのストレスフルな生活が疲労のピークに近付くと、私は2週間くらいで旅に出て心身ともにリフレッシュするようにしているのですが、それはカンボジアであったり、タイであったり、「昭和の日本」をちょっと思い出せるような国に出かけて行くのが習慣になっています。

ラオスはそんな私には4度目の訪問。最初は14年前だったでしょうか。
その頃に比べると、車の数もバイクの数もゲストハウスの数も観光客の数も以前とは比べ物にならないほど増えていて、それはもちろん、ラオスに限らずカンボジアでもどこでも同じなのですけど。

我が国のことは高い棚に上げて、お気に入りの国がそこの自然や環境を犠牲にして急速に発展していく姿には言い表せない悲しみと寂しさを感じてしまうのですが、それでも、日本での生活とは違い、ヒールのある靴と上着を脱いで、歩きやすいサンダルを素足にひっかけて動きやすい服装で過ごせることの、なんとストレスフリーなことよ!

10年間、旅人をしてきた私にとって、歩きやすい靴と、動きやすい服装、たくさん入って軽くて便利な鞄。これが本来人間に必要なスタイルだときっぱりと信じているのですが、どうして日本の生活に戻ると、格好良いだけで豆や魚の目ばかりできちゃう靴を履いて足の形を変形させながら、真夏で汗をダラダラ流しつつ秋服を着なければならなかったり、重いばかりで持ちにくい革の鞄を持ってみたり。

人間て本当に不思議ですね!

14年前に初めてラオス一周の旅した時に、この、まさに「山と共存して生きている山の民」の人々の素朴な姿を見ていて当時の私は

「もしも地球がダメになる時が来たら、神様は『今まで環境を破壊するような生活をしてきたけど、地球を救えるかもしれないいろいろな知識を備えた先進国の人間』と、『地球を救う知識や技術は持たないけど自然界から何も奪うこと無く共存して生きている山の人達』とどちらを地球に残すのかな」というようなことをなんとなく毎日考えていたように思います。

あれから14年、ラオスの人達もみなスマホを持ち、ゲストハウスもますます建築ラッシュ!
となりのゲストハウスとくっつきすぎてて窓も開けられない状態なんてもう日常茶飯事というかなんというか。
道路もあの頃は砂埃舞い上がる砂道ばかりだったのが、いまではどこも綺麗な舗装道路が続いていて。

でも、どうかこの美しい川と山を愛する気持ちだけは忘れないで、この国の本当の宝を見失わないでください、と切に願いつつもう少し今回のラオスの旅は続くのでした。

  

ああ、カンボジアにも立ち寄りたい!!  という強い誘惑に負けないように、1週間後には日本に帰国です。

アキラさん、元気かなぁ。
講演会、絶対行くので頑張って下さいね!!

 

博物館に、遂に「日の丸」が掲揚されました。

皆さん、大変嬉しい御報告があります。

何と、先月(2018年3月)初めに、博物館の入り口に念願の「日の丸」が掲揚されたのです。

これによって、アキラ氏及び地雷博物館に対する日本人の支援が、脈々と続いている事を内外に示す事が出来ました。

これまで、アキラ氏に対する日本人の個人、団体による支援は20年以上前から行われていたのですが、しかし、残念ながら個々バラバラであり単発的だった為に支援は表面化せず、従って「日の丸」も掲げられていませんでした。

その事が悔しかったので、私は2012年に「アキラ地雷博物館・日本人応援団」を結成し、日本人の皆様に御協力をお願いして参った次第です。

応援団員1000人を目指し、毎年アキラ氏に1000万円強のお金を活動資金として提供したいと言うのが私の願いでした。

それが実現した暁には、博物館正面に「日の丸」が掲揚されると信じて。

「日の丸」を博物館入り口に掲揚して貰い、日本人の、軍事力に拠らない民間支援が行われている事実を博物館を訪れる世界中の人々に示したかったのです。

 

私は、正直に言うと「日の丸」はあまり好きではありません。
若い人には分からないかも知れませんが、我々やその上の世代に取っては、「日の丸」は軍国主義の象徴であり、この旗の下、1億総火の玉となって戦争に突き進んで行った苦い過去があるからです。
ですから、「日の丸」そのものには私は抵抗を感じるのですが、そうは言っても、日本人の支援を端的に表すには「日の丸」以上の物は思い浮かびません。

そこで、私は2011年8月にアキラ氏の手伝いを始めた当初から、いつかは博物館に「日の丸」を揚げたいと願って来たのです。

その為に「アキラ地雷博物館・日本人応援団」を作ったのですが、まだ目標の1000人は遥か先の陽炎だったにも関わらず、何と今年3月に旗が掲揚されたという訳です。

「日の丸」だけでなく、これまでのアメリカ国旗、オーストラリア国旗に加えて韓国国旗と一旦下ろしていたカナダ国旗も一緒に掲揚し、全部で5つの旗が風になびいています。

これら5つの国の支援は、どれもその国の政府によるものでは無く、個人や団体によるものです。

私も、プノンペンの日本大使館やカンボジアJICA事務所に支援要請に行った事がありますが、残念ながら日本政府からの支援を獲得する事は出来ませんでした。

ですから、日本の支援も最初に申しました通り、20年以上前から行われている個人や団体からの支援であり、この地道な応援に対して「アキラ地雷博物館」が感謝の意を表して「日の丸」を掲揚してくれた訳です。

 

私にとって長年の夢であった旗が立ち無上の喜びを感じてはいますが、でも、これで終わった訳ではありません。
アキラ氏は、世界中の多くの善意に支えられて活動を続けていますが、まだまだ活動資金は不足しています。
私は、今後「アキラ地雷博物館・日本人応援団」をもっともっと大きくして、真にアキラ氏の活動を支える事が出来る様になりたいと切に願っています。

今後とも、皆様方のご協力を心よりお願いする次第です。

2018年4月8日(日)
「アキラ地雷博物館・日本人応援団」
代表  川広 肇

 

 

 

 

 

 

4回目、5回目のアキラ氏への支援金贈呈式

 

遅ればせながら、4回目と5回目のアキラ氏への支援金贈呈式のニュースを掲載致します。

この場に掲載しますのが大変遅くなり、又、2017年と2018年のものを一度にアップします事、誠に申し訳ございません。

これは偏に私・川広の怠慢であり、心よりお詫び申し上げます。

 

 

2017年2月5日に、4回目のアキラ氏への支援金贈呈式を行いました。

金額は4730ドルでした。

これは、2016年度の応援団員39名(2013年度継続加入者11名、2014年度継続加入者2名、2015年度継続加入者5名、2016年度新規加入書21名)の応援団年会費466000円+20ドルと特別寄付金5万円+450ドルの総合計516000円+470ドルから諸経費(HP管理費1万円、ネットバンキング管理費12960円)を差し引いた493040円+470ドルをドルに両替したものです。

 

2018年2月1日に、5回目のアキラ氏への支援金贈呈式を行いました。

金額は5334ドルでした。

これは、2017年度の応援団員42名(2013年度継続加入者11名、2014年度継続加入者1名、2015年度継続加入者4名2016年度継続加入者12名、2017年度新規加入者14名)の応援団年会費504000円と特別寄付金63000円+611ドルの総合計567000円+611ドルから諸経費(HP管理費1万円、ネットバンキング管理費12960円、応援団チラシ代200ドル)を差し引いた544040円+411ドルをドルに両替したものです。

2月1日に、応援団員の後藤夫妻立会いの下、CSHD事務所でアキラ氏に手渡しました。

2017年度決算報告書

 

39名(2016年度応援団員)-11名(脱退者)+14名(2017年度新規応援団員)=42名
12000円×42名=504000円
特別寄付金 63000円+611ドル
合計 567000円+611ドル

控除
インターネットバンキング管理費 1080円×12回=12960円
2017年度HP管理費(管理者・古白川氏) 1万円
2017年3月4日作製の応援団チラシ代 200ドル

567000円+611ドル-12960円-1万円-200ドル=544040円+411ドル

2018年1月30日にドルに両替(為替レート 1ドル=110.5円)
544040円→4923ドル
4923ドル+411ドル=5334ドル
2018年2月1日にアキラ氏に手渡しました。

2016年度決算報告書

 

21名(2015年度応援団員)-3名(脱退者)+21名(2016年度新規応援団員)=39名
12000円×39名=466000円+20ドル
特別寄付金 5万円+450ドル
合計 516000円+470ドル

控除
インターネットバンキング管理費 1080円×12回=12960円
2016年度HP管理費(管理者・瓜生原氏) 1万円

516000円+470ドル-12960円-1万円=493040円+470ドル

2017年2月4日にドルに両替(為替レート 1ドル=115.75円)
493040円→4260ドル
4260ドル+470ドル=4730ドル
2017年2月5日にアキラ氏に手渡しました。

2015年度決算報告書

 

26名(2014年度応援団員)-10名(脱退者)+5名(2015年度新規応援団員)=21名
12000円×21名=252000円
特別寄付金 18000円
合計 27万円

控除
インターネットバンキング管理費(2月スタート) 1080円×11回=11880円

27万円-11880円=258120円

2016年1月28日にドルに両替(為替レート 1ドル=119.6円)
258120円→2158ドル
2016年1月29日に、アキラ氏に手渡しました。

2014年度決算報告書

 

37名(2013年度応援団員)-20名(脱退者)+9名(2014年度新規応援団員)=26名
法人団員1-1=0
12000円×26名=312000円
特別寄付金 34000円
合計 346000円

2015年1月12日に円をドルに両替(為替レート 1ドル=119円)
346000円→2858ドル
2015年1月13日にアキラ氏に手渡しました。